覚え書き

有象無象の社会人のうちの一人が考えを整理する場所です。同じようなことを考えている方の役に立てれば幸いです。

用意周到さと可愛げ

人誑しについて考えている。

オーラや雰囲気などといった目に見に見えないものや、笑顔や表情などの目に見えるものが要素になりうる事もあるだろうし、やはり人間性や性格、人との関わり方など対人スキルなどが要素であることが多いだろう。ご自身の人生を振り返って頂ければ、一人くらいは人誑しと呼べる人物がいたのではないか。

私は人誑しを羨んでいた。何故何となく人の注目を集めるのか。不特定多数の人物から信頼されるのか。周りは彼/彼女に好意的に接し、彼/彼女は祭り上げられるように評価を得ていく。彼/彼女らは、それを呼吸をするように行うのだ。それが悔しく、勝手に恨んでいた。

しかし、20歳も終わろうとしている今日この頃、ようやく気がついた。人誑し達は(もちろん全員とは言わないが)どんな形であれ努力してその性質を手に入れたのだろうと。

無論、生まれ持った才能として人誑しである人物もいるだろう。今回の話ではそれらを除外させて頂きたい。

しかし、人誑しが人誑しになったのは、彼/彼女らが自分自身の性格や性質に自信を持ち、人間関係に臨んでいるからではないだろうか。

私は卑屈だった。「どうせ自分が同じことをやっても信頼は得られない」と、行動を起こさず恨み言を言うばかりだった。

しかし、それでは何も変わらないではないか。当たり前だ。人誑しとの格差は開く一方だ。卑屈で恨み言ばかり並べる人間の話と、堂々とした人誑しの話なら、あなたは後者を聞くだろう。当たり前だ。

だから、まずは卑屈を辞め、真正面から人誑しを見つめ、その姿を分析しようと思う。これはまだこれからの話だが、彼らにはきっと自分が行えていないような行動や、至っていないような考えを持っているはずなのだ。

今の時点でこれだけは言えるが、人誑しは可愛げと用意周到さを兼ね備えているだろう。

前者については、人との心の距離を絶妙に保ち、ふとした心の隙間に現れることや、付かず離れずだが、何かしらのイベントの後など、要所要所で直接話をしにきたり、連絡を忘れずにしてくることなどを指す。

後者については上記の事柄を計画性をもって行なっていることである。(本人が計画的に行なっている自覚を持っているかどうかは別とする)

より深く彼/彼女らを見つめ、もっと分析する必要があるだろう。

自分が人誑しになりたい訳ではない。むしろ人誑しにはなれないだろう。しかし、人誑しの性質を見つめることは人間関係構築スキルに必ず役立つと確信している。

あいも変わらず論理性や実証性に欠ける独りよがりな発言ばかりで申し訳ないが、自身の頭の中を整理させて頂いた。

今回は以上にて失礼する。